オープンイノベーションアリーナ
logo-oia

【連載:第1弾】"君は何のために生きるか?"いきなり飛び交う議論は不要説

「君は何のために生きるか?」突然そう問いかけられたとき、あなたはすぐに答えを出せるでしょうか?
私には無理です。むしろ、急にそんなこと聞かないでほしいとすら思います。
はっきりと答えられない自分に、ボーっと生きているだけの現実を突きつけられているような気がして……。

2024年11月29日。京セラみなとみらいリサーチセンター。選び抜かれた人生の猛者たちが、壮大なひとつの議題についてとことん語り合うイベント、第6回「異種格闘技戦'24」が開催されました。そう、その今回のテーマこそ「君は何のために生きるか?」なのです。

大学教授、プロレスラー、禅僧……。異種としか言いようがない7人の登壇者による予測不能なバトルを見届けるべく、ライターKYが現場へ潜入してきました。

パネラー:

・石黒浩 大阪大学大学院 基礎工学研究科教授 ATR石黒浩特別研究所客員所長 

・小林味愛 株式会社陽と人 代表取締役社長 

・宋美玄 医学博士 産婦人科医 

・蝶野正洋 プロレスラー アリストトリスト(有)代表取締役 (一社)NWHスポーツ救命協会理事長 

・藤田一照 禅僧 曹洞宗国際センター前所長 

・四本裕子 東京大学教授 認知神経科学者・心理学者 


レフェリー:

・三遊亭鬼丸 落語家 ラジオパーソナリティ 


目次

    そもそもこのテーマ……考える必要ある?

    編集部が現場に到着すると、「ピリッ」と音が聞こえてきそうなほど神経質になるスタッフたちの姿。相反して余裕の表情を浮かべる登壇者たちのギャップが印象的でした。

    スタート30分前になると、今回のバトルを現場で見届けるべく、続々と観客が集まりはじめます。参加者は40代が多い印象を受けましたが、ワクワクした様子でスタートを待つ若者の様子も。
    会場は、登壇者が輪になって、誰とでも対等に討論ができるようなレイアウトをしています。それをさらに観客が囲んで座るスタイルで、まさに格闘技を観戦するようなイメージを持つとわかりやすいかもしれません。

    三遊亭 鬼丸氏
    登壇者入場

    オープニングムービーが流れ、登壇者たちが戦いの場へ登場。私の席からは、プロレスラー蝶野正洋氏のたくましく大きな背中がもう目の前に。レフェリーを務める落語家の三遊亭鬼丸氏が、テーブルに置かれたゴングを勢いよく鳴らします。いよいよトークバトルのスタートです。しかし「格闘技戦」というタイトルとは裏腹に、和やかな自己紹介が続きます。でも考えてみれば、この時点でバトルを仕掛ける人なんて普通いないかと思い直していると……。

    「そもそも今日のテーマは、愚問なのでは?」
    いました。四本裕子氏です。

    四本氏「私は普段、人が考えたり感じたりしたものの背景に、どんな脳の活動があるのかを研究しています。そんなことばかりしている私からすると『考えても答えが出ないものを考えても仕方がないのでは?』としか思えません。ただ今回は、この気持ちを持ちつつも踏み込んだ議論をしていきたいです。」

    四本 裕子氏

    認知神経科学者である四本氏のこの切り込みに鬼丸氏も「いきなり企画の批判ですか?」と突っ込み。会場全体もなぜか“待ってました”のような雰囲気に包まれ、登壇者もオーディエンスも運営スタッフも、そして四本氏も笑顔になっているのがユーモラスでした。予測不能なことが起こると銘打っている本イベントではあるものの、まさか議題そのものへの批判が発生するとは。ただ、テーマに対して疑問を抱いていたのは、四本氏だけではなかったようです。

    藤田 一照氏

    藤田一照氏「何のために生きるか?と考えること自体『何かをするためには、何かのためではないといけない』と、不安を呼び起こすようなものを感じてしまいます。そのような考えから、我々は自由にならないといけないのではないでしょうか。」

    これは、鬼丸氏が打ち出した「そもそもこのテーマについて考えたことがある?」という質問を受けての発言でした。藤田氏の職業である禅僧は、いわば人の心の源を探る学問を修めた者のこと。その背景も相まって、私のなかにも「この議論は不毛なのでは?」という考えがふつふつと芽生えてきました。

    さらに議論のなかでは「そもそもこんな戦闘力が高い人間だけを集めて答えを出そうとするのは危険。もっと異なる立場の人からも話を聞くべき」などの意見も。
    もはや、キャスティングミスの指摘すら浮上し、突然繰り出された右ストレートに運営スタッフたちがダメージを受けるなか、それでもトークバトルは続いていきます。

    生きるために、目標がないといけないの?

    「人は何のために生きるか?」という言葉を紐解いていくなか、そもそも「何のため=目標」を決めて人生を送らなくてはならないとの考えに疑問を持つ登壇者が続出していきます。

    石黒浩氏「人は、いまの能力の範囲でしか目標を持たない傾向があると思っています。具体的には、目標を持つことを言い訳にするケースがあるんです。たとえば、勉強ができないから野球選手になろうとする。でも、野球選手にもなれない人がいる。それでも目標を持つことを辞められないのであれば、自分からはものすごく遠い距離にある夢を持つ、もしくは100個ぐらいゴールを定めるべきだと思います。」

    石黒 浩氏

    人間と酷似したロボットのことを指す「アンドロイド」の研究を続ける石黒氏は、2025年の大阪万博で、50年後・1000年後の未来を考えるパビリオンの展示を行う予定となっており、そんな彼から語られる「目標」という言葉には、重みを感じざるを得ません。まるでアンドロイドを真似たかのように、ピシッと背筋を伸ばす石黒氏の出で立ちが、さらなる説得力を増しているように感じました。

    小林味愛氏「以前、ある目的地までの道のりが渋滞していたので、仕方なく遠回りをしたことがありました。でもそのときに、思ってもいなかった発見や出会いに恵まれたことがあったんです。目標を定めず、流れのままに生きる時間も大事なのではないでしょうか。ただ、ビジネスパーソンが『評価』を受けていく必要がある性質上、目標については常に意識しなければならないのも理解しています。」

    福島県で起業、現在も地域と都市をつなげる活動を続けている小林氏の言葉を受け、四本氏が話を展開させていきます。

    小林 味愛氏

    四本氏「そもそも、すべてを犠牲にしてまで、目標を達成しようとする人なんてほぼいないと思いませんか?小林さんが経験したあらたな発見や出会いは、目標に向けた動き以外の部分で、勝手に発生してくれるものでもあるかもしれません。つまり、目標があると問題、ないと問題という議論は、単純化しすぎているかと思います。」

    すると、四本氏の右隣から「いや……。」と声が漏れてきました。

    藤田氏「問題というよりも、何を持って幸せだと感じるかで考えると、人それぞれ違うことは想像つきますよね。これは、私たちがユニバーサルに認めていくものだと思っています。」

    すると、これまで穏やかだった空気のなか、四本氏が先ほどより声を大にして藤田氏に詰め寄ります。

    四本氏「それは違う。幸せになることを目標にしてはいけないっていうのは……。」

    意見が交わる瞬間

    「いや」
    これまで冷静だった藤田氏も、遮るように言葉を返していきました。

    藤田氏「いけないとは言っていない。『人は幸せになるために生きている』と定義されてしまうのはどうかという話をしている。こんな考えがプログラムされてしまうと『〇〇のため』の思考ウイルスが蔓延し、我々を不自由にしていく可能性がある。」

    四本氏「それはそう思います。でも『幸せになることを目標に生きる』だけになりますか?ほかのことも考えながら生きるでしょ?それだけを考えろって言っても無理なんじゃないですか?」

    始まった。ついに異種格闘技戦が始まった。登壇者たちのあいだに、緊張感が走っていく様子がひしひしと伝わってきます。

    このまま、2人の戦いが続くのかと思われた、その瞬間。

    「あのぉ……」

    宋 美玄氏

    これまで、比較的静かに議論の様子を眺めていた宋美玄氏が、突然リングに上がってきました。これには渦中の藤田氏も「トークバトルらしくなってきた」とニンマリ。

    宋氏「これまでの話は、なんらかの目標を持てた人だけの話ですよね。でも、自分にとってのゴールを定められていない人もたくさんいると思います。ただ、そんな人がいざ目標を見つけると、達成に向けてものすごい力を発揮するケースだってあるはずです。だから結局、人それぞれ、良し悪しではないでしょうか?」

    産婦人科医として、多数の命の現場を経験してきた宋氏。その説得力のある言葉に、鬼丸氏も、自身が第二次ベビーブーム世代であるがゆえに競争社会のなかで育った経験談を交えつつ「自分も同じだから腑に落ちる」と納得の様子。

    蝶野氏はプロレスラーらしく、目標をひとつ達成したらそこで終わりではなく、次の目標や欲しいものが出てくるとしながら、自身の身体や心の状態によっても目標の定め方が変わると展開しました。

    蝶野氏「自分も腰を悪くしたとき、食への欲や、大好きな旅行への欲が全くなくなったんです。人にはピシッとしている自分を見せたい、でも外に出ることが恥ずかしい。そうすると外に出る活力がなくなって……。食や旅行への欲は健康なときに考えられること。だから、健康なときのゴールもあれば、これから老いていくうえでのゴールもきっとあると思うんです。それはそれで楽しみにしています。」

    蝶野 正洋氏

    このとき、はたして議論は着実に進んでいるのか、それとも停滞したままなのか。もはやわからなくなってきてしまったのをよく覚えています。ただ、間違いなく登壇者たちのウォーミングアップは終わったのだとも感じました。

    そして、予測不能なトークバトルは、「令和を生きる若者」の話題へと広がっていきます。
    昭和世代の登壇者たちが、現代が抱える問題へ体当たりで挑む様子は第2弾でご紹介しますので、ぜひお楽しみに。

    <著者紹介>
    ライターKY
    千葉県在住 エンタメビジネスライター
    エンタメの表舞台に立つ方々だけでなく、裏方として活躍するビジネスパーソンにもフォーカスした取材をおこなっております。

    目次抽出処理

    この記事の感想をお聞かせください